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まちなかの本の森 

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遅ればせながら…「あさが来た」特集!


みなさん、NHK連続テレビ小説「あさが来た」、ご覧になっていますか?
このお話は、当時としては大変珍しいエネルギッシュな女性を描いています。
子どもの頃から商いやそろばんが大好き、鉄砲持参で炭鉱を買い付けに行くなど、
次々と事業を行います。
夫や子供のために生きるのが当たり前の時代、「普通のお母さん」像とは異なりますが、
自分らしく生き生きと輝いている、そんな女性です。

そんな「あさ」のモデルとなった広岡浅子(1849~1919)は、
生命保険会社(現在の大同生命保険)の設立、日本初の女子大、日本女子大学校
(現・日本女子大)創立にも尽力し、女子教育にも情熱を注いで行きます。

図書情報室では、そんなあさこと、広岡浅子の人生をテレビより先取りしてご紹介、
広岡浅子のという稀有な人物の生き方を紹介したもの、浅子に影響を受けた女性たち、
当時の女子教育の歴史などに焦点をあてて資料を集めてみました。

例えば、2014年同じく朝ドラの主役となった翻訳家・村岡花子は、浅子が開催していた
政治や宗教、婦人問題などをテーマにした勉強会に参加していました。
また一柳満喜子は、浅子の娘婿、広岡恵三の妹。
子爵の家に生まれた満喜子が、外国人である建築家ヴォーリズとの結婚が
大きな問題となったとき、広岡浅子の後押しがあったとか。

浅子とは直接の関わりはないようですが、甲斐和里子という方は、浅子と同時代に創られた
京都女子大学の前身、顕道女学院の創始者です。
そして成瀬仁蔵は、日本における女子高等教育の開拓者の1人であり、日本女子大学校
(現・日本女子大)の創設者。浅子は成瀬の女子教育に深く賛同し、財閥三井を説得、
東京目白台の校地を寄贈しました。

このような歴史を知ると、女性が教育を受けることが当たり前でなかったのは、
私たちのたった2世代前、ついこの間の話なのだと驚かされます。
だから例え、いま、不平等を感じることがあったり、
こんな社会では希望がないと嘆きたくなったとしても、
浅子が「当たり前」を根気強く変えていったように、
私たちも、自分たちの社会を変えることができるのです。
浅子という存在が、近く感じられますし、励まされますね。

ん? 「五代さま」のお話は、ですって? 
もしかしたら、本のどこかに登場するかもしれませんよ。

この特集は2月1日からです!お楽しみに!

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